スマフォアプリ開発

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iPhoneアプリ開発がコモディティ化してきている。去年だったか、そんなことを主張していた。そしていま、なめこも杓子もiPhoneアプリを作っている。開発者ならスマフォアプリは作れて当然。そんな時期に差し掛かっているのかもしれない。

それだけじゃない。デザインだ。ユーザーインターフェイスだ。コーヒー入り炭酸飲料だ。境界線がどんどん曖昧になっていくのを感じる。なにもかもやらなきゃいけない気がしてくる。でも、本当にやらなきゃいけないことって何だろう?やらなきゃいけないと思い込まされてるだけじゃないんだろうか。

一歩引いて観る。栽培されて刈り取られるだけの生活を送ってはいないだろうか。大震災を経験して、当たり前が当たり前じゃないことに気がつき始めた人も多いんじゃないかという気がする。誰もがスマフォアプリの開発を始める必要があるとは思えない。何が本当に大切なのか。血なめこになって探すべき時期に来ているのだという気がする。

選択肢は多すぎるくらいにある。どれを選択しても許されるとしたら、みんな何をするんだろう。僕は、スシが食べたい。